三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実

4.1

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実の解説

(準備中)

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実の基本情報

公開日

配給

制作国

公式サイト
2020年3月20日 ギャガ 日本 https://gaga.ne.jp/mishimatodai/

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実のレビュー・評価

三島の本は2、3冊しか読んでないし、その内容もはっきり覚えていない。そんな自分がこの濃厚な香りが充満するドキュメンタリーを見て何か感じるものがあるだろうかと、多少なりとも尻込みして臨んだ本作。いやいや、この圧倒的な熱量には度肝を抜かれた。何かを表現するたびに右だの左だので喧々諤々となる昨今、ひとつ間違えば本作もその格好の餌食となりそうなものの、しかしこの映画は決してそうならない。作り手の豊島監督が証言者たちに色々教えてもらいながら当時を振り返るというスタンスゆえ、映画の視座そのものがとても観客に近い、とでもいうべきか。主義主張の異なる両陣営が暗黙のルールを侵すことなく、さらにはユーモアという武器を駆使しながら戦う様は見ていて痛快だった。何よりも登場人物一人一人のキャラクター、特にあの赤ん坊を抱いた男の存在が際立っている。史実をあまり知らなかった私は、一本の映画として本作を楽しんでしまった。
自分は三島由紀夫について、また東大全共闘や当時の学生運動について、深い知識は持っていない「大体知っている」程度だしかし予告編であの三島由紀夫と東大の全共闘学生がガチの討論会をやったと知って、これは是非にも観なければと思った(笑先ず三島氏の強烈なオーラに驚くこんな面構え、目を持った人物はなかなかいない(色々と氏を写した映像は見ているが、これは新鮮だった次に驚いたのが、三島氏が対決すべき東大全共闘学生と「目の高さ」を合わせ、しかもまるで兄や父親の様な温かな包容力を全身から滲ませている事だった氏は決して学生達を敵視したり、見下したりしてはいなかったよく聞き、話し、表明した非常にフェアで真摯な態度である対して東大学生達はやはり「若い」(笑そもそも「討論」して三島を論破し、自説の正しさを証明し、叩きのめすのは良いとしても、三島氏がたった一人でそれを受けているのに対して、講堂で千人からの学生で取り巻く「舞台設定」でそれに臨むというのは正にリンチに等しく、アンフェアである(笑こういうやり方はどこか変だ、相応しくないとは考えない(或いは思っていても居直りを決め込む)としたら、やはり当時の学生達の脳の「沸騰」ぶりを見ることが出来る討論会は三島氏のご挨拶(笑)からスタートし、東大学生からの代表質問、飛び入りの自由討論へと展開していく討論は激昂することもなく(田原総一朗氏や故大島渚氏らと違い笑)概ね紳士的に進む三島氏のユーモアを含んだ潔い真っ直ぐな物言いに、敬意を示す学生も少なからず(笑討論会は三島氏の「諸君らと共闘はできないが、その熱情は信じる」との言葉で事実上幕を閉じ、東大全共闘学生達は「三島を論破し、叩き潰す」事はすっかり忘れ、三島氏と忌憚ない討論が出来た事に満足感すら漂う様子であったこのドキュメンタリーは、ある時代の断面、人間を余さず記録して重要である三島の思索も東大全共闘学生達のそれも「時代」が産んだものであろう戦中、敗戦、戦後を体感し、その空気を存分に吸い込んだ三島由紀夫敗戦後のどこか後ろめたい、或いは胡散臭い戦後日本のなりふり構わぬ再建の空気に包まれて育った東大全共闘学生両者は方法論こそ正反対であるものの、祖国を憂い、正しい道に向かわせたいという熱情は一致していた激論を戦わせつつも、その内核に互いへの敬意と共感を感じたのは、当然だったのかもしれないこの両者の真剣なやりとりを見て、その偽りのない「祖国愛」に感銘を受けながらも、どこか「冷めて」見ている自分がいた三島由紀夫はこの一年半後、自説を世に問うたのち、武士に倣い自決してこの世を去った東大全共闘学生達は、日本国民の「賛同」を得ることが出来ず、時代の流れの中で雨散霧消していった三島氏は「もうここら辺りで、良いだろう」と観念して腹を切った…そう推察している三島氏らしい潔さ…日本男子の有るべき姿の体現であったか対して学生達は、自分達の成そうとした事の総括が未だ出来ず、彷徨い、自己弁護し、闘いは続いていると相手のいないリングに立ち続けている様に見える残念な事だが、両者共結局のところ教養の膨大な集積による思索が、その思索の為の「箱庭」から外界に有効に接続されることなく終わってしまったように思う箱庭の外には、人間の都合など全く関係のないむき出しで凶暴な「自然」が存在しているその自然(人間が作り出す「社会」を含む)と上手く付き合う為に、彼らの思索が有益な「実体」として結実していれば良かったしかし、そこまで突進し突破することは叶わなかった結果、諸々の努力が無価値になってしまうのである(合格を得られなかった、受験勉強の如くに苦笑。。とは言え、この諸兄の思索の努力は、本来自分もいずれはしなければならないものであって、それを言わば「代わりに」やってくれたことに感謝しなければならないと自覚しているありがたい事である…三島由紀夫氏は本当にやり切ったのだろうと思う何故なら、その後も三島由紀夫が生きていたらどんな事をしていたか?を全く想像出来ないからである

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実の配信情報

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実のレンタル情報

三島由紀夫出演のおすすめ映画

公開年別映画

動画配信サービス